日帰り登山へGO! > 東京都の山 > 愛宕山(港区)・待乳山(台東区)・飛鳥山(北区) 登山ではありません!散歩?

愛宕山 あたごやま  標高25.7m (3等三角点があるらしい) 登山靴は必要なし!
道路のコインパーキングに車を停めて、2,3分で頂上? 東京都港区芝愛宕1丁目 グーグル地図 ・ 地理院地図
愛宕山は武蔵野台地末端の小丘。山頂に鎮座する愛宕神社は京都市の右京区嵯峨愛宕町愛宕山に鎮座する愛宕神社を勧請して祀ったもの。山頂から東に延びる参道の男坂は講談の「寛永三馬術」の舞台。万延元年(1860年)桜田門外で大老井伊直弼を襲撃した水戸浪士たちの集合場所とされる。江戸から明治期にかけては東京湾、市中の眺望にすぐれたらしいが現在は木々に囲まれ、樹林の隙間から見える景色もビルに囲まれ山頂に居る実感はもてない。山頂部、神社の隣にNHK放送博物館(無料)があり、意外と楽しめます。(NHK博物館のPは博物館見学者は無料で停められます)
国道(桜田通り)と日比谷通りの間を南北に通る愛宕通り沿い。日比谷線神谷町駅の北東、三田線御成門駅の北北西、銀座線虎ノ門駅の南。
2004年






















山頂に愛宕神社
標高25.7m
3等三角点
(点名:愛宕山)

鳥居をくぐると招き石

この石をなでて
福を身につけて下さい





男坂の下にいる
愛宕神社の狛犬
(狛犬のページ

男坂のてっぺんから
下を見る。意外と高い!!
しかし、木々に囲まれ
展望は望めません。
(標高25.7m)





神社内の池には
錦ゴイがイッパイ
います!

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日帰り登山トップ   京都の愛宕山(愛宕神社の総本社)に登る  愛宕神社公式サイト(外部リンク)

次いで、都心の山・待乳山


待乳山 まっちやま 標高9.7m 待乳山聖天 登山靴は必要なし! 3等三角点? 地理院地図
参拝者用のP1台分。路上のコインP。山頂?まで走れば1分! 東京都台東区浅草7丁目
上野の台地に続く小丘陵。中世、もしくは近世初期の造成による山という説もあります。待乳山は真土山(まつちやま)、亦打山とも書き、金龍山の名称もあります。丘上に聖観音宗本龍院(聖天さま)があり、江戸期の当山は松が生い繁り、隅田川・筑波山・鴻の台(千葉県国府台)を望む景勝地で、武蔵国の名所だったようです。また、商店や花柳界の信仰も厚かったといいます。大正の大震災後、防災上の見地から山の周囲をコンクリートの擁壁で固められています。丘上にはなんと三等三角点が設置されていました!?眺望はつまらないですが、こんな小さな山は一度登っておけば話のネタになるのではないでしょうか?隅田川に架かる言問橋と桜橋の中間辺りの西側に待乳山は鎮座。
隅田川にかかる言問橋の北側約200mのところ。電車だと東武伊勢崎線の浅草駅から。グーグル地図

これは果たして山なのでしょうか? 標高9.7m!
















山上から隅田川方面を見る。   ④三等三角点?  ⑤隣の公園から見た待乳山
 (川は見えませんでした)  (点名:待乳山)    (確かに周囲より高い)


独特の大根マーク

夫婦仲良く末永く一家の和合
お下がり大根
前日お供えした大根に食紅で「御供物」印を押したものを配布しています。¥御志納

2023年、おおよそ20年ぶりに訪れてみたら境内の雰囲気が明るくなっているように感じた。

歌川広重
「東都名所真土山之図」
境内に掲出されていた江戸時代の待乳山の様子の浮世絵図
隅田川左岸(東側)の向島で絵を描いてたんだなあ。

まだ堤防の無い、川面付近から見ると、確かに「山」だな。
「真土山」という山名も、真の土の山ですよ(=自然の山。人工の山では無い)ということから来ているのだろう。真土山(まつちやま)→まっちやま→待乳山。
近くの吉原の女性が多くお参りに来たというから、江戸っ子が語呂合わせで「真土」を「待乳」としたんだろうな。

真土:非火山性の重粘性の褐色土。耕作に適した良質の土壌。
現在の待乳山

公園側から見るより、こちら側(都道314号、隅田川側)からの方が高さを感じられる。

待乳山聖天公式サイト(外部リンク)

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次いで、都心の山・飛鳥山

飛鳥山 あすかやま 標高25.4m 飛鳥山公園  桜の名所  登山靴は必要なし!
東京都北区王子1丁目      地図リンク  グーグル地図 ・ 地理院地図
飛鳥山は武蔵野台地上の山。現、飛鳥山公園。昔、飛鳥明神社があったことが山名の由来。その神社は寛永10年(1633)に王子権現の社地に移されたと『新編武蔵風土記稿』に記されている。江戸期、8代将軍徳川吉宗が鷹狩の際にしばしば訪れ、享保5年(1720)から翌年にかけて、1720本の山桜の苗木を植えた。以来、江戸近郊第一の桜の名所となる。明治6年(1873)太政官布達により指定された日本最初の公園の一つ。
京浜東北線の王子駅周辺、数箇所にコインパーキングがあります。山は王子駅の南側。明治通り、本郷通り沿い。

【外部リンク】 飛鳥山公園(北区のホームページ)


①ここから登りました     ②山上に茶店があり、そこからの景色   ③山上は公園になっています

④明治通りから見た飛鳥山   ⑤隣の音無親水公園        ⑥音無親水公園と飛鳥山
                「日本の都市公園百選」の一つ    (この写真だけ桜の季節のもの)

音無親水公園は明治通りを挟んで飛鳥山の反対側(王子駅側)へ少し下りた所にあります(客観的に見て、ここは谷だ!)。ここもそうだけど、皇居周辺や港区の愛宕山、上野のお山、文京区、新宿区等等、東京23区ってけっこう起伏に富んだ台地なんだなあと実感する。

日帰り登山トップ      都心の山、愛宕山待乳山はこのページの上


〔番外編〕

NHKの大河ドラマ、篤姫がはやっているので行ってみた。とりあえず、天守台を山と見立てる。
江戸城跡(皇居東御苑) 天守台 標高29.6m 3等三角点
地図リンク
 グーグル地図 ・ 地理院地図
休園日 月・金曜日 [天皇誕生日以外の国民の祝日等の休日は公開。月曜日が休日で公開する場合は火曜日(休日を除く)を休園。] 12/28~翌年1/3 行事の実施等で支障のある日
公開時間 (3/1~4/14)9時~16時30分  (4/15~8末日)9時~17時  (9/1~10末日)9時~16時30分  (11/1~2末日)9時~16時  入園は各終了時間の30分前まで
皇居の置かれるこの地は、西方の麹町台から延びる舌状台地の先端で、その東側に平川が南東流し、その対岸に、神田山に続く駿河台が南北に延び、また皇居南側、日比谷の辺りは入江が深く入り込み、その日比谷入江や平川の沿岸には低湿地・沼沢地・砂州が広がっていた。このようなことから「江戸」という地名は入江の意味をもって名づけられた(「江」は入江、「戸」は所の意。入江のある所。地。)。徳川家康が江戸城に入城する前、鎌倉期から戦国期までは江戸氏・太田氏・扇谷上杉氏・遠山氏が居城。のち、家康が天正18年(1590年)に入城。その頃の江戸は、「町屋なども茅ぶきの家百ばかり有か無しかの体、城もかたちばかりにて、城の様もこれなく」と見聞集に記されている。江戸城は明治元年(1868)に東京城、翌明治二年には皇城と改称され、明治二十一年から昭和二十三年までは宮城(きゅうじょう)と称された。国特別史跡に江戸城跡、国史跡に江戸城外堀跡・常盤橋門跡、国天然記念物に江戸城跡のヒカリゴケ生息地、国重文に旧江戸城田安門・清水門・外桜田門など。

2008.

入口は皇居東御苑の東側の大手門、北側の平川門、北桔橋門(きたはねばしもん)にあります。


天守台               天守台に上がると方位を示す  大奥跡 ここに篤姫が居たのかあ!
ここに江戸城の天守閣があったのだ!   石盤があり、大手町・有楽町の   芝が敷き詰められた広場となっています。
石垣しかのこっていない。          ビル群が見えます。

                     3等三角点(基準点名「本丸」
                     あるそうなのですが発見できず。

港区の愛宕山よりも、上野の山よりも、北区の飛鳥山よりも高い!

ちょうど鹿児島から友達の厚姫(サラリーマンNEOの厚姫のようにあつかましくはないが、ただ単に薩摩出身というだけでこう呼ばれる)が来ていたので都内の篤姫ゆかりの地を案内した時に寄りました。皇居東御苑は広く、散策にとても良いです。天守台(天守閣跡)、大奥跡の他に、同心番所、百人番所、松の廊下跡、三の丸尚蔵館なども見どころ。売店もあり、お土産も売っています。2008年

【外部リンク】 皇居東御苑(宮内庁ホームページ)

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