日帰り登山へGO! 番外編 大宮 氷川神社レイライン3⃣中山神社
氷川神社レイライン3⃣
氷川三社のうちの一つ
中山神社(=中氷川神社=簸王子社 ひおうじしゃ)
さいたま市見沼区中川143👉 グーグルマップ
2023.3./2025.8.
![]() ①中山神社の一ノ鳥居 参道は車道も兼用しているが、 鳥居は車がくぐれる大きさではないので、 車道は鳥居を避けるようなかたちで巻いている。 車道のために鳥居を壊すような選択はしていない。 この鳥居の先、ず~っと真っすぐ行ったところの 道の突き当りに中山神社があります。 一ノ鳥居から境内入口に立つ二ノ鳥居まで約260m。 |
![]() 真っすぐ延びる中山神社の参道は、 出雲大社(出雲国一ノ宮)と鹿島神宮(常陸国一ノ宮)を つなぐ線(細いほうの赤線)とほぼ平行に通っている (重なっているといっても言い過ぎではない)。 そして、この線上には氷川神社一ノ鳥居もある。 不思議・・・。 (太いほうの赤線は氷川三社を結ぶレイライン) |
![]() ②出雲大社(出雲国一ノ宮)と鹿島神宮(常陸国一ノ宮)をつなぐ線と重なる中山神社参道。 参道の途中に県道1号(さいたま川口線=第二産業道路)が横切っている。 (写真の中央に神社があります) |
![]() ③中山神社 二ノ鳥居 ここから神社の境内 二ノ鳥居の扁額には「氷川神社」と書かれている。 (二ノ鳥居手前右側に参拝者駐車場あり。当神社とその周辺には公衆トイレはありません) |
![]() ④二ノ鳥居をくぐって境内に入ると 右側に荒脛神社(あらはばきじんじゃ)があります。 (アラハバキ神は土着の神様・縄文の神様とも言われる) |
| ⑤ 狛 犬 |
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☞ 埼玉県の狛犬のページ |
![]() ⑥中山神社(中氷川神社 または 簸王子社(ひおうじしゃ)) 拝殿 こちらの扁額には「中山神社」と書かれています。 |
| ⑦ 本 殿 |
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拝殿の後ろにある本殿 |
![]() ⑧さらに本殿の後ろへ回ると旧本殿があります。(格子状の建物の中に保存されている) 旧本殿は二間社流造(にけんしゃながれづくり)という造りで、須佐之男命(すさのおのみこと)と稲田姫命(いなだひめのみこと)の夫婦神を祀る相殿(あいどの)形式をとっている。 建立年は不明(記録が無い)だが、使われている木材を放射性炭素年代測定法で調べると15世紀後半から16世紀前半のもので、室町末期から桃山期の頃に建てられたと推定されている。 さいたま市内最古の建造物で埼玉県有形文化財(建造物)に指定されている。 |
おしいことに氷川神社レイライン(氷川神社本殿と氷川女體神社本殿を基点として線を結んだ場合)は、細い線で設定すると社殿には引っかからない(レイラインは神社の敷地をかする)。
しかし、氷川神社の神池に浮かぶ島に鎮座する宗像神社と、氷川女體神社の祭祀遺跡(池の中央にある島)を基点として線を結んだ場合、その線は細い線の設定でも中山神社境内の中央・社殿を通り抜ける。
![]() ⑨二ノ鳥居の横に稲荷大明神があり、その社の後ろには大きな溶岩がある。 この溶岩は、氷川神社レイライン上にある浅間山の鬼押出岩から持ってきたものか?? ☞ 氷川神社レイライン1⃣のページの「群馬・長野県境の辺り」地図 |
![]() ⑩神社境内の外、旧本殿の裏の辺りへ回ってみる。 ここは神社社殿が建っている台地の下で、 ちょうどこの辺りを氷川神社レイラインが通っている。 縄文海進の頃(6,000年くらい前)はこの付近まで海が入り込んでいたと思われる。 ☞氷川神社レイライン1⃣のページ※1 中山神社も前身は縄文人の祭祀場だったかも・・・・・・。 |
○氷川神社レイライン上で、氷川神社と中山神社(中氷川神社)の間に鎮座する神社が2社ある!
気になったので行ってみた。
宗像神社(見沼辨財天)と中川諏訪神社
↑クリックで拡大します↑ 氷川神社レイライン中心部 武藏国一之宮 氷川神社 ~中山神社(中氷川神社) ~武蔵国一之宮 氷川女體神社 他、 出雲大社-大生神社ライン、 熊野大社-大生神社ライン、 出雲大社-鹿島神宮ライン、 富士宝永山-筑波山ライン |
![]() 宗像神社(見沼辨財天) 台地の際の下側に鎮座。 (台地と低地の境の低地側) 少し離れた所に芝川が流れています。 (諏訪神社はスグ横の台地上にあります) |
宗像神社(見沼弁財天):さいたま市見沼区新右ェ門新田73 👉グーグルマップ
![]() 当神社の鎮座する見沼区新右ェ門新田は享保十三年(1728)の見沼干拓によって造成された新開地で、神社は宝暦十年(1760)の創立と伝わる。 現社殿は古くは無さそう。社殿前にある明治二十九年(1896)奉納の手水石が当神社で唯一古いものでした。 |
![]() 社殿の裏側床下に不思議なもの発見! なんだこれ?意味不明。 怪・し・い。 |
氷川女體神社の磐船祭祭祀遺跡付近にも宗像社(弁財天)が祀られ、氷川神社の神池にも宗像神社が祀られています。
☞ 氷川女體神社探索のページ ☞ 氷川神社探索のページ
次いで、台地の上にある諏訪神社へ向かう。
![]() 宗像神社のそばにある庚申塔は寛政八年丙辰十一月吉日 奉納。(寛政八年=1796年) すぐ横にある台地上に諏訪神社があるのですが(宗像神社から直線距離にして120mほど)、少し遠回りしなければ上へ上がれません。 (江戸時代の頃は直接台地上の諏訪神社へ上がる石段でもあったかも知れない) |
![]() 大正坂を上がります。(「大正坂」バス停付近) 大正時代に設置された石標があります。 石標には「大正道 大正二年三月竣工」と刻まれている。(大正二年=1913年) (庚申塔から約100mの地点) |
![]() 中川諏訪神社。住宅街の奥まった場所にあります。 (大正坂の下側から約280m) |
![]() 社殿の中を覗くと、信濃国一之宮諏訪大社上社本宮の神符が祀られていた。 狛犬は平成元年奉納。「中川」と刻まれた力石は江戸時代のものだろう。 台地の下にある宗像社(見沼弁財天)とは、直線距離だととても近い。 昔は台地の上と下とで諏訪神社と宗像社は石段等でつながっていたかも知れない。 周囲は建物に囲まれ展望は無いが、かつては展望の良い場所だったと思われる。 境内にはコレといった怪しいモノは無し。 この辺りは縄文遺物出てないのかな? →(追記)やはり、この辺りに縄文貝塚ありました(中川貝塚:中川995~1002)。 中川諏訪神社:さいたま市見沼区中川795-2 👉グーグルマップ |
![]() 氷川神社レイライン上の芝川に架かる松山橋付近から見た宗像神社と中川諏訪神社の方向(社殿は見えません)。 (レイライン上の台地側と低地側にそれぞれ鎮座) この方角に中山神社(中氷川神社)と氷川女體神社があり、氷川神社レイライン南東端の太平洋岸では九十九里町の片貝海岸がある。 |
【日帰り登山へGO!】番外編