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こまいぬ 狛犬 komainu

埼玉県 武蔵國 むさしのくに の狛犬

秩父の山域にある神社は狼(大口真神=お犬様)が多い

上から順に、氷川神社・中山神社・小室神社・高麗神社・白髭神社・宝登山神社・城峰神社・蓑山神社・聖神社・武甲山御嶽神社・秩父神社・小鹿神社・椋神社・両神神社・猪狩神社・普寛神社・三峰神社・妙法ヶ岳・八耳堂・八幡神社・諏訪神社・前玉神社・柿本人麻呂神社・仙波東照宮・川越熊野神社・三ケ島中氷川神社・山口中氷川神社・岩槻、越谷久伊豆神社・釜山神社・秋山十二天社・羅漢山・秩父御嶽神社・竹寺・鷲宮神社・鬼鎮神社・吹塚氷川神社
(番外編:秩父御嶽神社・大平山・聖天院・八王寺竹寺・水宮神社・調神社)



氷
川
神
社

武蔵一宮の氷川神社(ひかわじんじゃ)(さいたま市(旧大宮市))の狛犬。まだ新しい。
ず~っと昔から氷川神社には狛犬は居なかった。
歴史の古い神社には狛犬は置かれていないと聞いていたのですが、ついに奉納されたようだ。
平成30年、氷川神社に初めて狛犬が置かれる。(私の知る限り)
神社の方針(考え)が変わったのかな?
さりげなく現代っぽいデザインの狛犬。
二の鳥居近くに居ます。
平成三十年十二月吉日 武蔵野銀行が「地域社会に感謝を込めて」奉納(2018年12月25日竣功祭・除幕式)

氷川神社の「氷川」は島根県・出雲の「斐伊川(ひいかわ)」から来ている。「斐伊川」はかつて「簸川」「肥川」(ひのかわ・ひかわ)とも記され、この地「大宮」は出雲から来た一族と深い関係があるのが知られる。武蔵国造と出雲国造は同族であるという。
👉 氷川神社公式ホームページ【外部リンク】〈埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407〉

氷川神社レイラインもスゴイです!☞ 氷川神社レイラインのページ(日帰り登山へGO!番外編)




中
山
神
社

明治三年(1870) 奉納
石工:安五郎(千住宿在 榎戸六町)

目は違う材質の石が
はめ込んであった。
光が当たればキラッ✨ だな。

中山神社は中氷川神社とも称され、武藏一ノ宮の氷川神社と氷川女體神社のちょうど中間にあります。
さらに氷川簸王子神社(ひかわひおうじじんじゃ)、中氷川神社という別称もあり、中山神社も氷川女體神社も武藏一ノ宮氷川神社のうちと考えられています。
〈埼玉県さいたま市見沼区中川143〉
☞氷川神社レイライン3⃣中山神社探索のページ

この氷川神社-氷川女體神社ラインは、冬至の頃の日の出の方角・夏至の頃の日の入りの方角と合致している。
☞氷川神社レイライン1⃣のページ

なお、氷川女體神社には狛犬はいませんでした。




小
室
神
社

小室神社は、さいたま市の馬場小室山遺跡(縄文時代の集落跡)のある台地の南東側にある、鎮守の小さな神社。
狛犬の奉納年は不詳。
神社の背後一帯が史跡になっている。
この神社の辺りも、掘ればきっと縄文時代の遺物が出てくるだろう。
〈埼玉県さいたま市緑区三室2014〉
☞小室神社(氷川神社レイライン4⃣氷川女體神社探索のページ)



高
麗
神
社
 
 血統書付き?
日高市にある高麗神社(こまじんじゃ)。歴史のある立派な神社です。高句麗国、高麗王若光[霊亀2年(716)高麗群が建群された際、武蔵国に移された高麗人の首長]を端に発する。由緒正しいコマ神社のコマ犬!本家本元?なにか威厳を感じさせます。
獅子タイプ。昭和十六年(1941)奉納。
境内には不思議な顔の石像も立っていた。これは何?
高麗神社は水野錬太郎・若槻禮次郎・浜口雄幸・斉藤実・鳩山一郎氏等著名な政治家が参拝していて出世開運の神として信仰されています。
👉 高麗神社公式ホームページ【外部リンク】〈埼玉県日高市新堀833〉

高麗神社から歩いて10分くらいの所に高麗王若光のお墓があり、そこに狛ヒツジ!?(羊の石像2体)がいる。



白
髭
神
社

白髭神社(しらひげじんじゃ)〈埼玉県日高市高萩1608〉グーグルマップ
拝殿と本殿の間に居ます。 石棒もありました。


寳
登
山
神
社

宝登山の麓にある宝登山神社(ほどさんじんじゃ)の狛犬です。
秩父の山域にある神社は狼像(大口真神=お犬様)が多数を占めますが、ココは狛犬でした。
神社の石段を登りきったところに居ます。
👉 宝登山神社公式ホームページ【外部リンク】
〈埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828〉
(宝登山頂部にある宝登山神社奥宮は狼像です)
       ↓
宝
登
山
神
社

奥
宮

 ハングリーな狼
あばら骨の浮き出た痩せた狼タイプの狛犬?
狛狼だな。正しくは大口真神。
宝登山頂上付近に宝登山神社奥宮があり、そこに居ます。



城
峰
神
社

 ロボットかっ!?
城峰神社(じょうみねじんじゃ)には2組の狛犬が居ます(一組は狛犬、もう一組は狼)。
そのうちの狼のほうは金目。
樹林に囲まれ薄暗い中に目だけが怪しく光るこの狼は、ロボットのように動き出しそうです。
インディージョーンズの映画にでも出てきそうな感じ。
もう1組の狛犬は昭和製の普通の狛犬でした。
この神社は城峰山にあります。城峰山は平将門伝説のある山です。
大正六年(1917)奉納

別の角度から。離れたところから見ても目が光って見え、こちらを見ているような気がする。
さらに離れて振り返り、違う角度から見てもこっちを見ている!

  狛ネコ?  城峰神社には、対になっている狛犬・狼のほかに、猫が一匹います。
普通、神社では本物のネコをよく見かけるのですが、こちらは石像のネコ。
一見、狛犬かと思ってしまうが、よく見るとひげが刻まれている!なので、確かにネコだ!
耳が無ければドラえもんだ!
実は、狛猫ではなく「お猫さま」。江戸期の天保七年(1836)、神社の別当寺であった長伝寺(吉田村石間=現秩父市吉田石間にあった寺。現在は廃寺となり残っていない)に奉納されたものが、明治に入ってから城峰神社に移されたものらしい。当時から一匹だけだったようです。
城峯神社〈埼玉県秩父市吉田石間4716〉👉 グーグルマップ


蓑
山
神
社

 ♪仲良し♪  秩父郡皆野町の美の山(蓑山)北面中腹にある蓑神社(または、蓑山神社)の狛犬。
神社は小さいですが、狛犬は愛嬌のあるポーズでなかなか良いです。
痩せてるなあ~。これも狛狼かな?奉納された年は不明。
この狛犬に会うには山中をしばらく登っていかなければならない。神社は小さい。
グーグルマップ〈埼玉県秩父郡皆野町皆野〉



聖
神
社

   背筋がぴん。
秩父市の聖神社(ひじりじんじゃ)
慶雲五年(708)日本初の和銅(ニギアカガネ)発見に
伴い創建された神社。
日本初の流通貨幣「和同開珎」ゆかりの神社で
銭神様とも呼ばれ、金運を開くとされる。
そんなわけで、境内は賑わっていました。
狛犬の奉納年は不明。
グーグルマップ 〈埼玉県秩父市黒谷2191〉
聖神社から歩いて10分くらいのところに
和銅露天掘り跡
があります。

元明天皇から賜ったと伝わる雌雄一対の和銅製蜈蚣(ムカデ)と、
和銅(自然銅)は、聖神社の御神宝とされていて、そのレプリカが
和銅露天掘り跡に展示されています。
グーグルマップ 〈埼玉県秩父市黒谷1918〉

聖神社・和銅露天掘り跡は美の山(蓑山)南麓にあります☞美の山のページ(日帰り登山へGO!)

【外部リンク】👉 和銅採掘露天掘跡(和銅保勝会ホームページ)

【外部リンク】👉秩父観光ナビ「聖神社」(秩父市公式サイト)



武
甲
山
御
嶽
神
社

 
老狼  横瀬町の武甲山の
登山道入り口(表参道)に2対居ます。
狛犬は向かって左側の方が「阿」形で
右側が「吽」形でした。
歳はとってもまだまだ若いモンには
負けないぞ!という感じの狛犬です。
昭和二年(1927)奉納

  目隠し
向かって左側「吽」形、顔が苔で覆われてしまっています。
苔を落としてやりたいが勝手にやってよいもの
なのか?・・・そのままにしておいた。
こちらの狛犬は向かって左側が「吽」形、右側が「阿」形。
・昭和十四(1939)年奉納
武
甲
山
御
嶽
神
社
山
頂

 恐竜顔  武甲山山頂の御嶽神社に居る狛犬(狼型)。
愛嬌あります。首から上だけを見ると恐竜みたいな顔。
優しそうな顔だから草食恐竜かな。大正十(1921)年奉納
☞ 武甲山頂の御嶽神社(日帰り登山へGO!)



秩
父
神
社

 たのもしい感じ!
秩父神社の狛犬はどっしりと構えている感じで立派な狛犬です。
定義通り向かって左に口を閉じた状態の「吽」形で1本角、右側に口を開けた状態の「阿」形で角なし。
阿吽の呼吸! 昭和十年(1935)奉納 
秩父神社公式ホームページ【外部リンク】〈埼玉県秩父市番場町1-3〉

秩父神社のお元気三猿
「よく見、よく聞き、よく話そう」
(2005年)
➠
再訪したら塗り直されていた。
ずいぶんとあっさりした感じになった。
色彩は明るくなった。 (2025年)
秩父神社の三猿は世間一般の
「見ザル聞かザル言わザル」では無い!
秩父神社はエライ!
今まで気にも留めていなかった標語だが、
あらためて考えると
「見ざる聞かざる言わざる」が権力者にとって
なんと都合の良い文言だったか。
この標語に反する庶民は武士からどんなひどい目に
あったのか?
悪代官と悪商人の悪事は暴かれることは無い。
日本人は無意識のうちにこの文言が
刷り込まれている。
  日光東照宮同様ヤッチマッタ感がぬぐえない。
あくまでも彫刻の方に価値があり、色彩のほうは
忠実に復元しなくても良いということなのか?



小
鹿
神
社

「おしかじんじゃ」と読みます。
「阿」形の方の子狛犬がかわいい。
大正十四年(1925)奉納
〈埼玉県秩父郡小鹿野町小鹿野1432〉
 グーグルマップ

再訪。けっこうアゴが出ているのに気づく。

最近は縄文時代の石棒にも興味を持ち始め、小鹿神社は石棒が祀られているというので行ってきた(2025年)。
結局、石棒は見れなかったのですが、狛犬の写真を撮って来たので追載。
前回訪れたのはいつだったか忘れてしまったが、再訪してみると狛犬はだいぶ苔むした様相になっていた(右側の写真)。
多分、15~20年前にこの辺りの山を登っていたので、左側の狛犬写真はその頃のものか。
それにしても、あっという間に時は経つ・・・・・・。
前回は通りすがりに寄ったので、神社のことは全然調べていなかったのですが、この小鹿神社はけっこう古そうだ。
祀られているという石棒は付近から出土したものと思われ、他、縄文の遺物も数多く出土しているというので、縄文時代には既にこの辺りに村のようなものが形成されていたと思われる。
名称に「鹿」の字、社紋が藤原氏の下がり藤で、武甕槌命・天児屋根命を祀っている。
古代、鹿島・中臣家の一族が多く移り住んだ地なのだろうか?
縄文人が住んでいた村にヤマトが入ってきたということか?
それで藤原秀郷も先祖を偲んでこの地に立ち寄ったのかな。
この地にあった諏訪神社も小鹿神社に合祀されているというので諏訪=出雲族の人々?、もしくは物部族の人々?も移り住んでいるようだ。
諏訪から来た一族のほうが鹿島から来た一族より先かな?
でも、諏訪と鹿島を一緒に祀って良いのかな?
過去のことは水に流したのか?

秩父市黒谷の銅鉱床を発見した羊太夫の墓と伝わる塚も、この小鹿野町にある。(今回、寄ろうと思っていたのに行くのを忘れてしまった)

小鹿野の歴史も非常に古く興味深い!

小鹿野町般若(はんにゃ)にある
法性寺のタフォニもスゴイ!
〈埼玉県秩父郡小鹿野町般若2661〉グーグルマップ

山の中腹にある


秩父札所第32番観音 般若山法性寺 観音堂 自然が作った岩の造形美 タフォニ 百聞は一見にしかず。

👉 ジオパーク秩父公式ホームページ(外部リンク)




椋
神
社

椋神社(むくじんじゃ)は2組居ます。
石段の上(社殿の東側)に居るのは コマ狼。
太い眉毛と長いシッポが特徴的。明治丗八年(1905年)奉納

〈埼玉県秩父市下吉田7377-1〉グーグルマップ

椋
神
社

椋神社拝殿前は狼ではなく狛犬  明治三拾七年奉納

椋神社の、10月第二日曜日に行われる「龍勢」(神賑行事・打ち上げ式の煙火)は国の重要無形民俗文化財に指定されています。👉 椋神社公式ホームページ(外部リンク)




両
神
神
社
本
社

日向大谷から両神山を登ると山頂手前にある平坦部に両神神社本社と御岳神社奥社が
並んで建っています。狛犬は眷属の大口真神
(山犬=狼)。各社殿の前に居ます。
上の写真の左の一対は両神神社本社の狛犬。小さめの狛犬で、耳がなんとなくかわいい。
しかし、阿形のほうの狛犬の歯がなんとなく不気味でした。
上写真右の一対は御岳神社奥社の狛犬。こちらの狛犬は爪が鋭かった。
阿形の狛犬はオスでした(おちんちんが付いてました)。

御
岳
神
社

奥
社



猪
狩
神
社

秩父贄川の猪狩神社(いかりじんじゃ)。秩父なので狛犬ではなく狼です。
吽形のほうがオスだ!(ちんちんがある)
猪狩神社の境内社(末社)熊野神社に石棒が祀られているという記録があるので見に行ってみたが、ここには無いようだ。別場所に保管されているのだろうか。
猪狩神社社殿には細かな彫刻が施されており、社殿は市の有形文化財(建造物)に指定されている。
秩父御岳山の登山口でもある。(猪狩山経由)
〈秩父市荒川贄川1267〉グーグルマップ



普
寛
神
社

 威嚇  秩父御岳山の登山口に向かう途中にある普寛神社。
木曽御岳山の開祖、修験行者の普寛生誕の地です。
昭和52年(1977)奉納 (2007年撮影)
〈埼玉県秩父市大滝944〉グーグルマップ
普
寛
神
社
奥
宮

秩父御岳山の頂上にある、普寛神社奥宮の狛犬です。
山頂からの展望は良好!鐘を衝けます!
昭和58年(1983)奉納 (2019年撮影)


三峯神社は狼(大口真神)がいっぱい!
〈埼玉県秩父市三峰298-1〉グーグルマップ


三
峯
神
社

  悪そー
駐車場から神社へ向かうと、まず初めに出迎えてくれるのが、
三ツ鳥居の前に居るこの狛狼。目つきが凄~く悪い!
アバラの浮き出た身体なのに腕がたくましい!
胴体より太いんじゃないかと思われる首!怖いな~。
この特徴ある顔と体!釜山神社の狛犬と同じです!(下の方に写真アリ)
昭和四十五年(1970)奉納。(2006年撮影)
「三峯神社~妙法ヶ岳」のページ
三
峯
神
社

三峯神社は眷属である狼=大口真神=山犬が狛犬として置かれています。
その数も非常に多く、神社の御札にも姿が描かれています。
随身門の前に居ます。 大正十一年(1922)奉納 (2006年撮影)

三
峯
神
社

江戸時代享保年間、日光法印が山犬の神霊を封じた御札を
畑の害獣とされる猪鹿除け、盗難・火難除けとして
貸し出したものが霊験あらたかとして信仰され、
修験山伏によって各地に広められました。
拝殿前の石段の中段辺りの両脇に居ます。
よく見ると、けっこう凶暴な顔をしています。
左の「阿」のほうの狛狼はおちんちんがありました!
「阿」はオスです!鉄製かな。奉納年不詳。 (2006年撮影)

三
峯
神
社

  White Wolf
拝殿の中に陶器製と思われる白い狼が居ました。
美しい!牙を剥いていますがどことなく気品が漂います。
つるつる肌です!
奉納年不詳 (2015年撮影)

三
峯
神
社

本殿に居ました。
本殿に居るからか、こちらの狼もどことなく品があるような。
鉄で出来ているっぽい。奉納年不詳 (2015年撮影)

三
峯
神
社

遠宮(御仮屋)の両脇に居ました。
昭和三十八年(1963)奉納。 (2006年撮影)

遠宮には他にもたくさん狼がいました。
ここの狛狼は、野にいる狼が平和な時を過ごしている感じです。
日本ではホンモノの狼は明治期に絶滅してしまった。

・・・・・・・・

三峯神社 “氣”お守り!! ※


毎月1日に頒布される三峯神社の白の“氣”お守り、『氣守』!!
白木の箱(桐箱)に入っています。
お守りは絹でできているのかな。肌触りがとても良いです!
そして、中央に金糸で“氣”と刺繍されています。
白地に金。美しいです!
結構、ご利益がある感じがします!
ちなみに¥2000です。 (2016年1月)
※毎月一日に頒布される白い「氣」お守りを求めてやってくる参拝者による道路(三峯神社へ至る
国道140号線)の大渋滞が、市民生活や物流にも支障をきたしたため、
平成30(2018)年6月1日から白い「氣」お守りの頒布を休止するようです。
(2018年5月28日)

・・・・・・・・・



妙
法
ヶ
嶽

↑なんかねこみたいだにゃー

↑こちらは狼っぽい。

三峯神社の奥宮(=妙法ヶ岳)の頂上に居る狛犬。
三峯神社と同様、狼の狛犬です。(正式には山犬で、眷族の大口真神です。)
ネコみたいな狛犬?狛狼?・・・きっと狼なのだろう。
昭和61年に奉納されたもの。

山頂手前、急坂&鎖場なので注意。
山頂は狭く、石祠と秩父宮殿下御登山記念碑があります。
(2006年/2016年撮影)
「三峯神社~妙法ヶ岳」のページ





八
耳
堂

時々見かける、神社ではなく、御堂に居る狛犬です。
飯能市にある八耳堂(はちじどう)に居ます。
製作年は不明ですが古そうです。
奥に軍茶利神社があるのですが、そちらの方には狛犬は居ませんでした。

八耳堂:聖徳太子(厩戸皇子)を祀り、
保元年間(1156~1158)に建立されたといわれるが、
現在の建物は文政3年(1802)に再建したもの。
〈埼玉県飯能市大河原582〉グーグルマップ



八
幡
神
社

 ご愛嬌  飯能市の天覧山に行った時、🅿の近く(市民会館の裏)にあった神社を覗いてみたら居た!
 なかなかイイ顔してる!
 昭和十年(1935)奉納 
〈埼玉県飯能市飯能263〉グーグルマップ



諏
訪
神
社

飯能市、顔振峠付近の山の中の神社です。
〈埼玉県飯能市長沢1840〉グーグルマップ
角がないから両方とも獅子かな?
「吽」形のほうはニヤッ✨とした感じで、なんか良いです。
奉納年不詳



前
玉
神
社

「埼玉」という県名の発祥地、行田市埼玉にある神社。
歩いて5分位の所に埼玉古墳群があり、この神社社殿も前方後円墳と思われる丘の上にあります。
「前玉神社」と書いて「さきたまじんじゃ」と読みます。
狛犬はどことなく優しげな顔立ち。
神社の鳥居が延宝四年(1676年)奉納で市指定文化財になっています。
狛犬は年代不詳。
👉 前玉神社公式ホームページ【別リンク】
〈埼玉県行田市大字埼玉5450〉


柿
本
人
麿
神
社

 表情がよく分からない
川越氷川神社の境内にある柿本人麿神社前に居ます。
両方とも頭がへこんでいる。丸い玉でものっかっていたのかなあ?
小さくコロコロしていてかわいらしい。
〈追記〉頭のへこみは盃状穴らしい。
👉 川越氷川神社公式ホームページ【別リンク】
〈埼玉県川越市宮下町2-11-3〉

川
越
市

護
国
神
社

川越氷川神社の境内にある護国神社の狛犬。
吽形のほうの子獅子がかわいらしい。



仙
波
東
照
宮

 笑顔
吽形はむっつりとした顔をしているが阿形の方は実にいい笑顔をしている!
吽形、一本の角があった形跡あり(角が折れてしまった様で、根元部分だけ残っている)。
阿形、頭少しへこんでいる。奉納年不詳
なかなか古そうな狛犬でした。
川越の仙波東照宮の狛犬です。
👉 仙波東照宮(川越大師喜多院のホームページ)【別リンク】
〈埼玉県川越市小仙波町1-20-1〉


川
越

熊
野
神
社

拝殿の奥に居たので危うく見逃してしまうところだった。
阿形の方、ほとんど口が開いていない。上唇と下唇がわずかに離れている程度だ。
これでは「あ」という声が出ないよ!明治三十一年(1898)奉納
三本足の烏八咫烏がいます。
👉 川越熊野神社公式ホームページ【別リンク】
〈埼玉県川越市連雀町17-1〉


三
ケ
島

中
氷
川
神
社
 昭和二年(1927)奉納。
大宮の武蔵国一ノ宮氷川神社と奥多摩の奥氷川神社の間にあるので中氷川神社(一直線上ではない)。
『延喜式』神明帳にある入間郡五座のうちの「中氷川神社」に比定される。
境内社に荒脛(あらはばき)社がある(八坂社と合殿)。
延喜式内社をうたう中氷川神社が同市内にもう1社ある(山口中氷川神社)が、三ケ島のほうはアラハバキ神を祭っているところからすると、当社が延喜式内社の中氷川神社の本命である可能性は高い。
〈埼玉県所沢市三ケ島5-1691-1〉グーグルマップ


山
口

中
氷
川
神
社

狛犬はそんなに古くは無さそう。奉納年不明。
大宮の武蔵国一ノ宮氷川神社と奥多摩の奥氷川神社の間にあるので中氷川神社(一直線上ではない)。
こちらの山口中氷川神社も『延喜式』神明帳にある入間郡五座のうちの「中氷川神社」をうたう。
三ケ島の中氷川神社も同じ所沢市内にあり(三ケ島中氷川神社↔当社 約3㎞)、どちらが延喜式内社の中氷川神社なのか決定していない。
なんらかの理由で2つに分かれた可能性もある。
当社は狭山丘陵の辺縁上に鎮座しているところからみると、縄文の気配も感じられ、そうとう古くから祭祀場としてあった場の可能性もある。
ちょうど、両中氷川神社の間を筑波山-山宮浅間神社(富士山)レイラインが通っているのも気になるところだ(このレイラインは大宮の一ノ宮氷川神社を通過している)。
☞筑波山-山宮浅間神社(富士山)レイラインのページ(日帰り登山へGO!Ⅱ番外編)

ニホンヤモリがいた。シッポの先は再生中のようだ。

👉 山口中氷川神社公式ホームページ【外部リンク】
〈埼玉県所沢市山口1849〉


岩
槻

久
伊
豆
神
社

吽形(左)と阿形(右)の建立年と石工が異なる。
阿形:大正拾壹年五月七日太々(1922年)、石工:田中忠次郎
吽形:大正拾壹年拾月十二日建設、石工:栗原竹之助

岩槻久伊豆神社の狛犬は3ペアいます。みんなそれぞれ個性あるな。

子獅子の上に手を置く親獅子。なぜか、左が「阿」形。
(通常は、右に「阿」形の狛犬がいる)
平成五年一月吉日(1993年)

→愛嬌がある顔

   目がでっかい!

武州岩槻総鎮守久伊豆神社
大正十五年四月建設(1926年)
👉 久伊豆神社公式サイト【別リンク】
〈埼玉県さいたま市岩槻区宮町2-6-55〉


越
谷

久
伊
豆
神
社

   きれいな歯並び
越谷市の久伊豆神社。 なんか愛嬌のある顔です。「吽」形には1本角アリ。
足が縄で縛られているのは家出している人や悪所通いをしている人を家に戻すおまじないらしい。

   不気味
「阿」形、なぜか顔がえぐれてしまっている。
人為的におまじないで削ったものだろうか?悪霊の仕業だろうか?恐ろしい!
文政十年(1827)奉納
👉 久伊豆神社公式サイト【外部リンク】
〈埼玉県越谷市越ケ谷1700〉



釜
山
神
社

秩父は狛犬ではなく、狼が多い。
当神社もご多分にもれず
狼(=大口真神)です。しかもイッパイ居ます。
牙
と
長
い
し
っ
ぽ

釜
山
神
社

参道入って2組目の狛犬。
まゆげが太い。
明治丗七年(1904年)奉納


〈埼玉県大里郡寄居町風布1969〉
 👉グーグル地図

 目つきが悪い!
釜山神社参道、中ほどの狛狼。
目つき悪いし、首は長いし、あばら骨はクッキリ
浮き出ているし、非常に不気味な感じです。
でも、こういう変わったのは大好きです。
前足と首だけ、筋肉質でたくましい。
台石には「昭和聖旨五十年記念」と刻まれている。
三峰神社にも全く同じ(前足の角度が微妙に違う)
狛犬が居る。

首
長
狼


釜
山
神
社

↑
正面から見ると
サル
みたい!


釜伏山のページ

↑ ひらべっタイ顔 ↑
狛狼の台座に「釜伏神社」と
刻まれているものが2組ありました。
以前は、釜伏神社とよんでいたのかな。

釜山神社の狼は皆、
霊気が漂っている感じがする。
←
釜
伏
山

頂
上
に
居
た

釜
山
神
社

鬱蒼とした霊気漂う参道を
通り抜けた先にある拝殿。
ここまで来ると
陽が当たりホッとする。
その拝殿の両側に
居る狛狼(大口真神)。
木製の為か
なんか、あたたかみのある
ほんわかとした
愛嬌のある狼。

なんと!普通の犬!
狛犬でも狼(大口真神)でも
ありません。
どう見てもフツーの犬だと
思います。
阿吽の形態をとっています。
台座には
敬宮愛子内親王殿下
御誕生記念と刻まれています。
平成十四年奉納 (2002年)
釜
伏
伏
見
稲
荷
大
神

こちらは釜山神社境内にある
お稲荷さんの狐。
阿吽の形態をとっている。
「阿」のほうは左前足に玉を置いている。
「吽」のほうの右前足の下は、形が崩れて
ただの岩のようになっているが
たぶん鍵なのだろう。

同じく釜山神社境内の釜伏伏見稲荷大神の狐。
こちらは鍵と宝珠を持っています。


秋
山

十
二
天
社

秋山十二天社は本庄市児玉町秋山にある十二天山頂上に座す。関東十霊場の第七番霊場。
祭神は十二天(古代インド神話の中の12の神々で仏教・密教に取り入れられ、
この世を守護する護法(方)神として祀られる)
山頂境内には鐘楼もあり、神仏混淆の面影を残す。
狛犬の奉納年は不詳。(正しくは狛犬では無く獅子だな。)
〈埼玉県本庄市児玉町秋山3566〉グーグルマップ
☞ 十二天山のページ(日帰り登山へGO!)

参道石段の石灯籠に陽刻されていた狛犬。結構カッコイイ。



日
本
神
社

本庄市児玉町の日本神社。
読みはズバリ「にほんじんじゃ」!
狛犬の奉納年は不詳。
〈埼玉県本庄市児玉町小平1578〉グーグルマップ

境内社の桜木神社に
縄文石棒が祀られています!
☞石棒のページ



羅
漢
山

山
頂

これは珍しい!埼玉県寄居町の羅漢山頂で発見!ゾウと狛犬で1対。
なんと阿吽の呼吸をとっていない!!しかも観音様か弁天様か分からないが背中に乗っている!
ゾウの背中に乗るのはわかるが、狛犬に乗るなんて。
ふと、学生時代に、酔った友達がハチ公にまたがっていたのを思い出す・・・。
羅漢山という名のとうり、他に羅漢像がたくさん置かれていました。
※あとで知ったのですが・・・、
ゾウに乗っているのは普賢菩薩。狛犬に乗っているのは文殊菩薩でした。
別に珍しいものではないようです。
〈埼玉県大里郡寄居町末野〉グーグルマップ



八
王
寺

竹
寺

神仏習合の遺構、竹寺の参道に入ったあたりの狛犬。
これは両方とも獅子だな。
すごく個性的!
👉 竹寺公式ウェブサイト【外部リンク】 〈埼玉県飯能市南704〉
 〃
竹寺の牛頭天王本殿への石段を
上ったところの狛犬

竹寺牛頭天王本殿前の狛犬。
昭和四十八年五月吉日(1973年)



鷲
宮
神
社

〈埼玉県久喜市鷲宮1-6-1〉👉 鷲宮神社公式ホームページ【別リンク】



月
輪
神
社

昭和三十九年四月十二日建  石匠 武藤
月輪神社(つきのわじんじゃ)〈埼玉県比企郡滑川町(なめがわまち)月輪418〉グーグルマップ
古社です。元もとは氷川神社でした。



鬼
鎮
神
社

カッコイイ狛犬です。青銅製かな。昭和五十年奉納。
鬼鎮神社(きぢんじんじゃ)〈埼玉県比企郡嵐山町川島1898〉 グーグルマップ
古くは「鬼神社」と呼ばれた。『新編武蔵風土記稿』には「鬼神明神社」と記される。
氷川神社レイライン付近の神社なので訪れてみたが、結構名の知れた神社らしい。
☞氷川神社レイラインのページ
地元ではない参拝者がひっきりなしに訪れていた。御利益あるらしい。
👉鬼鎮神社(嵐山町観光協会公式サイト)【外部リンク】 

やはり、瓦は鬼瓦!
金
棒

も
あ
る
!
結
構
重
い
!

鬼と言っても、大和朝廷に抵抗した先住民である縄文系の人たち(エビス 蝦夷えみし)のことだろう。
金棒は武器として使っていたんだな。
金棒の元は縄文石棒なのだろうか?
石棒のページ




吹
塚
氷
川
神
社

埼玉県比企郡川島町の吹塚古墳に鎮座する氷川神社。
拝殿前に狛犬。愛嬌のある顔です。
拝殿は古墳の下に、本殿は墳頂にあります。
ほぼ氷川神社レイライン上にある神社なので訪れてみた。
 氷川神社レイラインのページ

吹塚古墳
拝殿は古墳の下に、本殿は墳頂にあります。
一見、円墳に見えますが方墳ということです。

〈埼玉県比企郡川島町吹塚205〉グーグルマップ

墳頂に
この古墳を護る?蛇がいた!

神の化身か?

マムシか?
冬眠から覚めたけどまだ眠い?
頭隠して日向ぼっこ?(2月下旬)
暖かい日に訪れるときは要注意です!


番外編

秩
父
御
嶽
神
社

 台座の上に、爆弾!
詳細には、左の赤い玉の方は日露戦争の時に旅順の港に布設されたロシアの布設水雷。
右の砲弾は日本海海戦の時、バルチック艦隊より砲撃された主砲の巨弾。
共に海軍省より下賜されたものらしい。
👉 秩父御嶽神社公式ホームページ【外部リンク】〈埼玉県飯能市坂石580〉



大
平
山

越生町・黒山三滝の南南西方にある大平山山頂にある役行者の石像。
〈埼玉県入間郡越生町黒山〉グーグルマップ
飛鳥時代の人物で、修験道の開祖と言われる役小角(えんのおづぬ)です。
室町時代、山本坊栄円法印が、この黒山の辺り一帯を熊野修験霊場として開いたらしい。
像は元治二(1865)年(幕末の頃です)に東京吉原講中が建立(顔の部分は平成十八年(2006)に壊されてしまい、翌十九年に修復された)。像高1.6m。
越生町指定有形文化財に登録されている石像です。

大
平
山

役行者像の前には鬼の像が一組。
役小角に従っていた鬼の夫婦です!
斧を持つ「阿」の方が旦那さん(前鬼)。瓶を持つ「吽」の方が奥さん(後鬼)です。こんな感じの奥さんいるよ。
この二人は実在した人物で、その子孫が延々と伝説を受け継ぎ現在に存在しているというのだからスゴイ!
こちらの石像も越生町指定有形文化財です。


なんと!コマ羊(ひつじ) 聖天院〈埼玉県日高市新堀990-1〉


聖
天
院

高麗神社の近く、聖天院(しょうでんいん)にある高麗王若光のお墓の前に、羊が2頭、狛犬のように置かれている。なぜ?お寺のかたに聞いてみると、そのかたもよく知らず、平和の象徴だとテレビでいっていたと・・・。それはちょっと違うような・・・。日本にやって来た時に羊も連れてきていたのかな?調べてみると「朝鮮においては羊は高貴な人の墓の守り神といわれている」とあった。しかし、なんで羊なんだろう。群馬県の多胡碑に記されている「羊太夫」と関係があるのかな?羊太夫も謎の人物だ。多胡碑の「多胡」の「胡」は古代中国の胡人からきているという説がある。「胡」のつく言葉に「胡瓜(きゅうり)」「胡麻(ごま)」「胡椒(こしょう)」「胡桃(くるみ)」などがある。羊太夫は胡人だったのか?
👉 聖天院公式サイト【外部リンク】〈埼玉県日高市新堀990-1〉

霊亀二年(716年・元正天皇の時)五月辛卯十六日、駿河、甲斐、相模、上総、下総、常陸、下野、七国の高麗人千七百九十九人を武蔵国に遷し、高麗群を置く。『続日本紀』

ちなみに高麗群が置かれてから42年後の天平宝字二年(758)には武蔵国に新羅郡(のちの新座郡)を置き新羅人を移住させている。



八
王
寺

竹
寺

牛頭明王 牛頭天王
「インド祇園精舎の守護神ともいわれ、中国に入り密教・道教・陰陽思想の集合があり、日本に伝わったとされています。
さらに陰陽道との関わりを深め、また蘇民将来伝説とも結びつき、素戔嗚尊と同体とされています。」(竹寺の説明看板より)
疫難消除・除災招福・出世開運
👉 竹寺公式ウェブサイト【外部リンク】〈埼玉県飯能市南704〉
Viking 北欧の海賊、バイキングみたいだ!


なんと!コマ蛙(かえる) 水宮神社〈埼玉県富士見市水子1762-3〉


水
宮
神
社


み
ず
み
や
じ
ん
じ
ゃ

拝殿前に阿吽のカエル!吽形のカエルの頭には、小さな子カエル(カワイイ)。

👉 水宮神社公式ホームページ【外部リンク】
道を挟んで反対側に国指定史跡の水子貝塚(縄文時代前期・約5500年前)があります。
👉 富士見市立水子貝塚資料館(富士見市公式ホームページ)【外部リンク】


なんと!コマ兎(うさぎ) 調神社〈埼玉県さいたま市浦和区岸町3-17-25〉グーグルマップ


調
神
社


つ
き
じ
ん
じ
ゃ

境内入口のコマ兎

境内に保存されているコマ兎
(萬延二年辛酉三月造之)=1861年
14代将軍徳川家茂の頃。
万延2年2月に年号が万延から文久に変わるので
このコマうさぎが奉納されたときは文久に変わったばかりの頃だ。
コマうさぎを作った石工は年号が変わったことを知らなかったのか?
もうすでに年号を石に刻んだ後だったので
そのまま奉納したのか?
(庶民にはまだ知らされていなかったのか?)
(台石には3月造立と刻まれている)


神池のうさぎ(口から水)
調神社は
調宮
(つきのみや)

とも呼ばれる。




手水舎のうさぎ
(口から水)


調神社に
狛犬は居ないが
うさぎがいっぱい!

調神社のウサギは、
神社名の「つき」という
名称から「月」を連想して
生まれ出たものと思われる

参道入口の石柱 2柱
調神社の鳥居は無いと言われるが、昔は参道入口にある2つの石柱の間にしめ縄を張って鳥居としていたかもしれない。
(古い形式を残す神社の中には、2つの柱の間にしめ縄を張っただけの、古式の鳥居のところもある。)

調神社社殿 安政五年(1858)建立の権現造。精緻な彫刻が施されている。
社殿の前の2本の木の間に紙垂(しで)の下がった細いしめ縄が張られている。
古い形式の鳥居ということか?
(境内の摂社には普通の鳥居が立っています)

※追記:『編武蔵風土記稿』(1810年起稿、1830年完成)に調神社の絵図があった。
(巻之百四十二 足立郡之八 浦和領 岸村・旧中山道側から俯瞰した感じで描かれた絵図)
それを見ると境内には鳥居は無く、石柱らしきものも木柱らしきものも無い。狛犬も、コマうさぎも描かれていない。
昔から鳥居は無かったようだ。
境内入口の石灯籠2基は描かれている。
境内は欝蒼とした林の中にある感じで描かれている。
太くて大きい古木らしき木も描かれているが、きっとケヤキだろう。
ケヤキの古名は槻(つき)。


調神社の境内林はさいたま市指定の天然記念物になっている。

👉 調神社公式アカウント【外部リンク】

調神社境内は高低差がある。
当神社も縄文の気配がする。
縄文時代、当地は住居、または祭祀場だった場所か?
(さいたま市は縄文遺跡がとても多い。かなり多くの縄文人が住んでいたと思われる。)

調神社は謎が多い。

参拝する方向(社殿の向き)


なんだ!
この不思議な角度は!

東日本をイイ感じで貫いている!

東北地方を程よい位置で縦断、
青森湾を抜け、
本州最北端の大間町を通り、
北海道最北端・稚内の宗谷岬を通り、
樺太(サハリン)を貫く!
各沿岸部において
岬(または、その付近)を
通っているのが不思議!

青森県青森市においては
このライン付近に
三内丸山遺跡がある。


参
拝
す
る
方
角
が
不
思
議

調神社で参拝するその方向はかつて蝦夷(えみし)の地であった方向だ!

はたまた、樺太・ユーラシア大陸からの道筋を示しているかのようだ!
縄文時代(もしくは旧石器時代から?)の主要道のざっくりとした道筋を指し示すものか!?

現社殿は安政五年(1858)建立なので、それ以前の社殿の向きはどうだったのだろう?

調神社は富士山頂から100㎞地点でもある!
(詳細には、富士山頂の浅間大社奥宮から調神社境内まで100.00㎞)
 ☞ 富士山頂から100㎞地点のページ(車で行く日帰り登山&立ち寄り湯-番外編)

調神社境内にあった気になる石像 ☞ 縄文石棒のページ

調神社も奥が深そう・・・。



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