日帰り登山へGO! 番外編 氷川神社レイライン4⃣氷川女體神社とその周辺探索


氷川神社レイライン4⃣
氷川三社のうちの一つ
武蔵國一之宮氷川女體神社(ひかわにょたいじんじゃ)
 と、その周辺を探索。

2023./2025.10.


見沼氷川公園の池の辺りから見た
氷川女體神社社叢。👉 グーグルマップ(見沼氷川公園)

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氷川神社レイライン

②石段の下から見た氷川女體神社の鳥居
 (氷川女體橋からから見た様子)
 氷川女體神社は台地の上に鎮座している。
 ここを氷川神社レイラインが通っている

レイライン
冬至の頃の日の出夏至の頃の日の入りの線

④鳥居の扁額にはしっかりと「武蔵國一宮」と入っている。
⑤石段の上から下を見下ろす。

この下は、縄文海進の頃(約6,000年前)は海(奥東京湾)

祭祀遺跡から氷川女體橋・石段・鳥居を経て女體神社社殿まで、道はほぼ一直線。
この道は氷川神社レイラインと重なる。


⑥拝殿に向かって
まっすぐ延びる石畳。
ほぼこの方角に
中山神社と
氷川神社がある。
夏至の頃の日の入りの方角

武蔵国一宮氷川女體神社 拝殿
こちらの扁額には「武蔵國一宮」としか書かれていない。

社殿(拝殿・幣殿・本殿)は
埼玉県有形文化財に指定されている。
(他、三鱗文兵庫鎖太刀など多数の指定文化財を所蔵)
御神木タブノキ

⑧横から見た氷川女體神社社殿。
 当神社本殿から氷川神社本殿までの距離がなんと6.66㎞! のゾロ目!)
社殿の裏手の辺りが、この台地の最高所となっている。

龍神社 江戸時代、見沼が干拓され「見沼田んぼ」となる以前は、船に神輿を乗せて沼の最も深い場所へ行き、見沼に座す神(=龍神)を祀る「御船祭」を行っていたらしい。
水神信仰はかたちを変えながらも、縄文時代から脈々と受け継がれていると思われる。
龍神信仰(=水神信仰=蛇神信仰)、見沼(=御沼)、「みぬま」の「み」は 「巳(=へび)」でもあるのか?

神社の境内から石段を下り、磐船祭祭祀遺跡へ向かう。


見沼代用水西縁に架かる
     氷川女體橋を渡る。

⑪横から見た氷川女體橋 昭和38年3月竣功
(見沼代用水西縁の神社側に駐車スペースあり)
(神社社殿への石段を登らずに右の方へ歩いて行くとトイレあり)

⑫遺跡へ向かう途中に宗像社があります。

宗像社は木造の小さな社。
水神信仰だ。

⑭遺跡へ向かう道の周囲は池になっている。

この辺りは縄文海進の頃は海(奥東京湾)。やがて海は退いて低地の部分は広大な沼となる。
沼は神沼として「みぬま(御沼→見沼)」と呼ばれ、御手洗(みたらし)として氷川女體神社と一体するものとされた。
江戸時代・8代将軍徳川吉宗の時、新田開発のため見沼は干拓され見沼田んぼとなるが、その際、沼で行われていた祭祀「御船祭」ができなくなったため、ここに池を作り見沼に見立て、その中に祭祀場を設け「磐船祭」として祭祀を継承した。


氷川女體神社磐船祭 祭祀遺跡 円形の祭祀場の周りを池が囲んでいます。

⑯祭祀遺跡に明治三拾七八年戦役記念碑と刻まれた石碑がある。
石碑の台石はタフォニだ!秩父産か?
☞秩父、小鹿野町の法性寺のタフォニ(日帰り登山へGO!埼玉県の狛犬のページ)

神社を出て、付近を探索。
北西方面へ500mほど歩いて行ったところに女體神社の参道鳥居があります。


氷川女體神社参道の石鳥居。 昔は畑の広がる中を通る道だったのだろうか?
時代が移り住宅街となった現在、所狭しと言えど、壊されずにしっかりと保存されている。(鳥居のギリギリに家の外壁が迫っているのはスゴイ)
鳥居には「安政二年乙卯秋八月上浣 建」と刻まれている。(安政二年=1855年)
氷川神社レイラインから少し外れているが、ラインに近い場所ではある。

足立坂東三十三ヶ所観音霊場 第五番 三室堂 (みむろどう)  👉 グーグルマップ
 中を覗いてみたら、普通のお墓といった感じで「足立坂東三十三ヶ所観音霊場」といった雰囲気はない。
 氷川神社レイラインはしっかりこの場を通過している。
 「三室(みむろ)」はかつてこの辺り(氷川女體神社を含む)一帯の村名「三室村」からきている。その村名の「三室」は「御室(みむろ)」の意で、氷川女體神社の祠を指していると思われる。

縄文遺跡である馬場小室山遺跡へ向かう途中、小室神社に寄る。

小室神社 おむろじんじゃ (小室社)
住宅街の奥まったところにひっそりと鎮座

⑳小室神社(小室社)は馬場小室山遺跡のある樹叢の南東の辺りに鎮座(社の裏の辺り一帯は史跡に指定されている)。
 『武蔵國群村誌』(1953年)によると小室神社の祭神は不詳とある。
 社の横には弁財天が祀られる。かつては湧き水でも出ていたのだろうか。小さな池でもあったのだろうか。
 江戸時代の見沼干拓以前は、この付近まで奥東京湾の名残りである見沼が迫っていたと思われる。
 縄文時代の祭祀場だったところが、やがて神社として祀られるようになったのだろうか。
 この辺りも掘れば縄文時代の遺物が出てきそう。
 社の背後にあるタブノキさいたま市指定天然記念物(氷川女體神社の御神木もタブノキ)
小室神社の狛犬(日帰り登山へGO!埼玉県の狛犬のページ)
 神社の裏の辺り一帯が史跡なのですが、説明板などがある場所へは、直に行けません。ぐるっと遠回りしなければならない。

馬場小室山遺跡 ばんばおむろやまいせき
  (埼玉県指定史跡
さいたま市緑区大字三室、松木一丁目、
馬場二丁目にまたがる台地上にある
縄文時代の集落跡。👉 グーグルマップ
(止まっている車は遺跡の点検に来ていた
関係者の車で、一般車は停められません)

㉒出土品の看板。
みみずく土偶だ!

出土品には、土器・土版・土偶・土製耳飾り・独鈷石・石棒・石剣などがあり、うち、「土偶装飾土器」と「人面画土器」は埼玉県有形文化財に、他、多数の土器がさいたま市有形文化財に指定されています。

👉 馬場小室山遺跡(さいたま市公式サイト)(縄文時代早期から晩期の遺跡)


👉 さいたま市立浦和博物館(さいたま市公式サイト)(中山神社と氷川女體神社の間の辺りにあります)


👉 埼玉県立歴史と民俗の博物館公式ホームページ(大宮公園の北側にあります)


👉 さいたま市立博物館(さいたま市公式サイト)(神社参道のニノ鳥居東側にあります)


👉 土器の館(さいたま市公式サイト)(大宮公園の南側、NACK5スタジアムの南西側にあります。大宮公園の外側です。)


👉地理院地図



日帰り登山へGO!番外編

氷川神社レイライン1⃣全貌

氷川神社レイライン2⃣氷川神社探索

氷川神社レイライン3⃣中山神社探索

氷川神社の狛犬

鹿島神宮レイライン(鹿島神宮-皇居-富士山-阿蘇山)

鹿島神宮レイライン(鹿島神宮真西ライン)

玉前神社-出雲大社レイライン

縄文海進・関東平野最奥地の貝塚のページ

縄文石棒のページ